カレーは金曜日

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 今日は金曜日です。

 海上自衛隊で30年間過ごした私にとっては金曜日というと想い出すことがあります。

 昼食がカレーライスでした。

 

 海上自衛隊では1週間に一度カレーがメニューに上っていることは有名になりました。

 横須賀では海軍カレーをメニューに入れているレストランも多く、海上自衛隊の基地の売店に行くと、各艦ごとのカレーのレトルトパックが売られていて、マニアの方が買いあさっているのを見かけます。

 

 たしかに海上自衛隊の給食では金曜日の昼食にカレーライスを出している部隊が圧倒的に多いようです。

 

 理由はいろいろとあります。

 週休2日になる前は土曜日の昼食がカレーライスでした。

 その頃の土曜日は昼食後上陸が許可され、当直員しかいなくなるため、週末の食数が少なくなります。

 土曜日の昼食そのものも、上陸して食べたい乗員もいるので、どのくらいの食数が出るのかよく分かりません。

 そのような状況の中で、月曜日に食料品の搭載などを予定していると、それまでに倉庫や冷蔵庫をなるべく空けておきたいと担当者は考えます。

 そういう時にカレーライスというのは便利なメニューなのです。

 残っていた食材をすべて入れてしまい、ステーキなどのように一人1枚などと数える必要もなく、かつ、食後の食器洗浄もプレート一枚なのですぐに終わり、食器洗いの当番に当たっている者も早く上陸できます。

 そこで私が入隊した頃は土曜日の昼食がカレーライスでした。

 

 週休二日になるとそれが金曜日の昼食に出されるようになり、カレーが出てくるともうすぐウィークエンドになるぞという気持ちになったものです。

 

 航海中もカレーライスは人気メニューなので週一回出しても誰も文句を言わず、また、金曜日の昼に習慣化されると、長い航海中で曜日感覚がなくなっていても、出港してからの日数を思い出し、あと何回食べると戻れるかに思いをいたすことができます。

 

 海上自衛隊のカレーライスは帝国海軍からの伝統メニューであり、年季の入り方が違いますので、どの部隊に行ってもそれなりに美味しいカレーライスを食べることができます。

 それに慣れていると、陸上自衛隊の駐屯地で出されるカレーライスにはスプーンが伸びていきません。

 

 海上自衛隊の船などでつくられるカレーは、一般のレストランや家庭に比べると不利な条件で作られています。

 煮込み料理ですので、時間をかけて煮込むほど美味しくなるのですが、規則により、昼食に出す料理は朝食を出した後でなければ準備にかかることができないのです。

 私などが単身赴任先やキャンプなどでビーフシチューやカレーライスを作る時は、前の晩に一度作って、一晩寝かせておくことが多いのですが、それができないのです。

 

 そのかわり、歴代の調理員たちは工夫に工夫を重ねていかに美味いカレーライスを作るかでしのぎを削ってきました。

 かつてカレーのCMで「リンゴとハチミツ、トローリ溶けてる。」というのがありましたが、そんな生易しいものではなく、様々な工夫をしていたようです。

 初めて乗組んだ船の調理室を覗いたら、調理員がインスタントコーヒーを瓶1本全部を鍋に放り込んでいるのを見て度肝を抜かれたことがありました。そんなことは常識的に行われてきたようです。

 煮込む時間が少ないので、コクを出す工夫なのだそうです。是非ご家庭でもお試しください。

 

 カレーライスはどこが作っても同じ味と言うことにはなりません。船ごとに味が全く異なってきます。

 8隻の護衛艦で編成された部隊の司令部幕僚として勤務していた時、私はよく各艦の艦長にお願いして金曜日の昼食を御馳走になりに行っていました。

 それは艦長はじめ士官室の幹部と話をして部隊の実情を知るためでもあり、また、各艦の調理員の腕前を自分で確かめるためでもありました。

 出航してしまうと楽しみの少ない艦隊勤務において食事と言うのは士気を高く保つためにも重要なので、司令部幕僚としては押さえておくべきポイントだと考えていたのです。

 

 8隻の船がいると8通りの味があります。乗員に人気のある調理員長と人気のない調理員長の違いがはっきり分かるのです。

 

 若い隊員たちは金曜日の昼食を楽しみにしています。

 食べ終わって午後ちょっと頑張ればという週末モードでもあるのでしょう、

 

 海上自衛隊の多くの学校でも昼食にはカレーライスが供されます。

 私が候補生の頃は土曜日の昼食でしたが、思い切りお腹一杯食べた直後、指導官から誰かが何かの不具合を指摘され、連帯責任ということでグランドを何周も走らされてひどい目にあったことを覚えています。

 

 教育部隊の指揮官を務めたこともありますが、週休二日になってからは金曜日の昼食にカレーライスが供されるのが教官泣かせのようでした。

 学生の食堂を見に行くと、信じられないくらいの富士山のような山盛りのご飯にカレーをたっぷりとかけ、それをお代わりして食べるような学生がたくさんおり、その連中が午後の教務の時間に寝てしまうのだそうです。

 私は、学生は一週間、徹底的に追い回され、きつい訓練を受けてきてやっと金曜日になり、好物のカレーを思い切り食べたのだから、居眠りくらいは大目に見てやれと教官を指導していたのですが、限られた時数で沢山のことを教え込まなければならない教官たちにとっては大変なことだったと思います。

 ちなみに海上自衛隊は学生の居眠りには比較的寛大で、私が候補生の頃も、候補生が徹底した規律の中で追い回され、凄まじい訓練を受けていることを知っている教官たちは、自分の教務で学生が居眠りをするのは、自分の教育技量の未熟さの現れであるとして、居眠りしている学生には優しかったように思います。

 居眠りをしていても最後に試験に出すポイントは教えてくれる教官がほとんどでした。

 多分、自分の候補生時代を思い出したりしていたのでしょう。

 

 最近はカレーライスを食べる機会も随分少なくなりました。

 それでも金曜日の昼時になると、世界中の海の上や、江田島の候補生学校の学生食堂などでカレーを食べているんだろうなぁと懐かしく想い出したりします。