船乗りの言葉 Splice the main brace

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 この表題の意味するところを正確に訳することのできる方は、私の同業者以外にはおられないかと思います。

 大学時代に、英文学の教授に教えて差し上げたことすらありました。

 直訳すると帆船のメインマストのヤード(帆桁)を操作するために取り付けるロープを組み継ぐという意味です。

 一本の長いロープを作るのに、何本かのロープを繋ぐことを「組み継ぐ」といい、英語では"splice" と表現されます。

 かなり太くて長いロープを組み継ぎ、メインマストに取り付けなければならず、相当の重労働になります。

 潮に洗われる洋上ではロープの痛みは激しく、これが切れてしまうと時化の時などは帆桁を意のままに回すことが出来なくなって船が遭難してしまう危険があるため、航海中に何度もメンテナンスが必要になります。 

 帆船時代の英国海軍では、航海中にこの重労働を行った場合には、終了後ラム酒の特配が行わる慣習がありました。Splice the main brace というオーダーが出ると、乗組員はそのラム酒の特配を楽しみにこの重労働に耐えたのです。

 このことから、本来はメインヤードのロープを組み継げというオーダーであるはずのこの言葉の意味が転じられて、「艦内飲酒を許可する。」という意味になりました。

 現在でもNATO海軍の信号書にはSplice the main brace という信号が掲載されており、その意味は「艦内飲酒を許可する。」となっています。米海軍や同じくこの信号書を使っている海上自衛隊は「ドライネイビー」と言われ、艦内での飲酒が禁止されていますので、この信号が使用されることはありませんが、英国などでは使われることもあるようです。

 船乗りや海軍軍人の間ではこの言葉は酒を飲むという意味で使われており、”How about splicing the main brace?” というと、「一杯飲まないか?」ということになります。

 日本でも商船学校を出た船乗りであれば誰でも知っている言葉なのですが、英文学の教授や翻訳家が意外にご存じなくて驚くことがあります。海洋文学では頻出する一文ですが何故か正確に訳されていることがあまりありません。数々の海洋文学作品の翻訳を出している高橋泰邦氏ですら、「重労働だったので、船室に下りて主帆桁索を組み継いだ。」などと誤訳をしていることがあり、訳している御本人も変だなと思いながら直訳しているのでしょう。編集者もそこをちょっと調べればいいのに、そのまま出版されている本が何冊もあります。

 

 商船学校にでも問い合わせればすぐ分かることなのですが。