安全なる航海を祈る 横浜憧憬 その2
以前に、柳ジョージの歌を聴いていて横浜が懐かしくなり、横浜にまつわる思い出を書いたことがあります。(バックナンバーからお読みいただけます。
フェンスの向こうのアメリカ ~横浜憧憬~ - 珈琲で始まり、ドライマティーニで締めくくる心豊かな一日 )
今回はその続きです。
前回は柳ジョージの歌に触発されたので、場面は本牧から磯子あたりでしたが、今回はもう少し北に上っていきます。
私は学生時代を江の島で過ごしました。江の島にあるヨットハーバーを母港とする当時外洋レース界ではかなり名を知られたレース艇のクルーとして、週末だけではなく、平日もよく江の島に通っていました。我が家からは原付なら10分程度で行ける距離だったので、本当によく通ったものです。
学校を卒業してからは横浜に通うことが多くなりました。海上自衛官となり外洋レースを続けることができなくなったため、ヨットライフの拠点を移したのです。
あるご縁で山下公園と本牧ふ頭の間にクラブハウスを持つヨットクラブのメンバーになりました。実際に船を出すことはあまりなくなりましたが、このヨットクラブのバーでヨット仲間と会話を交わすのがささやかな楽しみとなりました。
しかし、このクラブのあるハーバーから出航する時、振り返ると港の見える丘公園にある横浜気象台に旗が上がっているのがよく見えました。当日の風などを知らせているのです。
このハーバーに通うためには、JR石川町駅で降りて元町を通り抜け、山下公園の根本から少し本牧方面に歩く必要があります。周りは殺風景な保税倉庫などが建っているところですが、私にとっては懐かしいいろいろな想いでのある場所です。
したがって、元町や港の見える丘公園は私にとっては馴染み深い景色でもあります。
我が家の司令長官(家内です。)は、この港の見える丘公園に昔からある、ハマトラの元祖のようなお嬢様が通う女子大学を卒業していますので、彼女にとってもこの地区は懐かしい場所になっているはずです。
港の見える丘公園へはいろいろな行き方がありますので、その時の目的に合わせたコースを取るのがいいかと思いますが、一般的なのはみなとみらい線の中華街駅から直接エレベータで上がってしまうコースでしょう。みなとみらい線ができる前は、私たちは元町を通り抜けて、外人墓地を横に見ながら坂を登ったものでした。
公園のそばには、山の手十番館などのレストランやカフェが多数あり、また、無料で見学できる洋館もいくつかありますので、散歩にはとてもいいところです。
この港の見える丘公園には仕事上の想い出もあります。
海上自衛隊を退官し、専門技術商社の営業部長となった時、私が扱っていた商品にLEDの照明がありました。これを横浜市の求めに応じて公園に寄贈したのです。
当時、スタジオジブリのアニメーション映画で『コクリコ坂から』という作品がヒットしていました。
この映画のヒロインの少女が、沖を行くボーイフレンドの乗った船に向けて「安全なる航海を祈る」という意味を持つ旗を掲げるシーンが話題となり、この作品の舞台とされる横浜市が港の見える丘公園にその旗を掲げるボールを立て、旗を掲げたのです。
その場所が観光スポットとして有名になったのですが、夜、カップルが記念写真を撮ろうとすると、ポールは写るのですが、肝心の旗が写らないのだそうです。
横浜市の観光局がそれで困っていたところ、私たちがLEDの投光器を市の体育館や学校で使ってくれないかと売り込みに訪れたのです。担当者から困っている実情を訴えられ、地元企業として少しでもお役に立つのならという判断から、LEDの投光器を寄贈することにして、見事にその旗がライトアップされることになりました。
この旗は船舶の通信に使用される世界共通の旗で、国際信号書に規定された信号を使っています。国際信号旗の文字旗のUとWを組み合わせて掲揚するもので、元々は民間船から敬礼を受けた軍艦が答礼の意味で掲げたものですが、現在では一般に「ご安航を祈る」という意味で使われています。
ところが、私はこの映画のポスターを一目見た時に凄まじい違和感を覚えました。
時代設定が昭和38年とあります。東京オリンピックの前年です。そして、少女が国際信号旗の数字旗の1と文字旗のUとWを組み合わせてポールに揚げている絵が描かれています。
これは宮崎駿監督の間違いです。
UWが「安全なる航海を祈る」を示し、それに数字旗の1を付け加えたUW1は「ご協力に感謝する。ご安航を祈る。(Thank you for your cooperation, bon voyage)」という意味になります。しかし、1UWは意味を持ちません。
しかも、昭和38年当時、「安全なる航海を祈る」という信号はUWではありませんでした。WAYという三文字が使われていました。
この程度のことは、海上保安庁なり商船大学なりにちょっと聞けば丁寧に教えてくれます。監督以下、誰もしっかりとした事実を確認せずに作ってしまったのでしょう。
しかし、私がそんなことを指摘してみてもつまらない話ですので、市の担当者には黙っておき、私自身は、「これは主人公の海という少女と俊という少年の間にだけ意味を持つ特別な信号なのだ。」と解釈することにしたのです。
最近は港の見える丘公園をのんびり散歩するなどという余裕がないのですが、時々ヨットクラブに出かける際に、下から見上げて旗がはためいているのを眺めます。
とにかく、横浜にはいろいろな想い出があります。