湘南人のパスポート

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 私は鎌倉に住んでいます。

 現在住んでいる家は私が高校生の頃に建てられたもので、大学時代はこの家から通学していました。四谷にある大学まで片道1時間45分かかったのですが、当時、横須賀線東海道線が同じ線路を走っており、便数も現在より少なかったため、その混雑は半端ではなく、卒業したら絶対に電車で東京に通う仕事には就かないと決心し、海上自衛隊に入隊しました。

 日本の海上防衛は東海道線の混雑のために確固たるものになったのかもしれません。

 海上自衛隊に入隊すれば海に出れるものと信じ込んでいました。

 しかし、最初の何年かは船に乗せてくれたものの、その後は東京の役人暮らしが多く、うんざりしながら勤務し、時々地方の部隊や船に出してもらうのですが、1年もすると「もういいだろう?」と言われて東京に戻されていました。

 東京にお住いの皆様には失礼な言い方になりますが、私は東京という街がどうも苦手で、極端に言うと、呼吸困難になるような気がします。

 理由をいろいろと考えるのですが、生理的なものとしかいいようがないかもしれません。

 強いて挙げるとすれば、海がないことです。

 軽井沢辺りに行っても若干落ち着かないのは、多分このためだと思います。

 時々ゆりかもめに乗っていると、竹芝や日の出、あるいはお台場あたりで「海だ!」と大騒ぎになることがありますが、最初の頃はびっくりしました。

 私には「運河」にしか見えないのです。

 学生時代をヨットの外洋レースで明け暮れていた私にとっては、ヨットが走り回れない水面は「海」とは認定しがたく、同じくダイビングに明け暮れて学生時代を過ごした息子にとっては潜って魚と戯れることのできない水場は海ではないようです。

 地元を走る藤沢と鎌倉を結ぶ江ノ電に鎌倉から乗ると面白いことがあります。

 稲村ケ崎を過ぎると、いきなり七里ガ浜の海岸線に出るのですが、昼間、若い女性のグループなどが乗っていると「キャー」と悲鳴のような叫び声が上がるので最初は本当に何事が起きたのかと驚いたものです。

 鎌倉に住む私たちは「海」が傍にあるのが日常なのですが、そうではない環境にお住いの方々が多いことを痛感します。

 たしかに鎌倉から東京へ通勤するのは大変ですが、そばに海の無い地域に住む気にはなりそうにありません。

 

 その海のそばに住む私たちが持っているパスポートがあります。

 これを持っていると、江ノ島水族館に通年で好きな時に入ることができます。

 江の島水族館は、もともと昭和29年にオープンしたもので、付属施設のマリンランドでイルカの曲芸が行われて有名でしたが、今世紀になってリニューアルされ、新江ノ島水族館となりました。

 私の自宅からなら歩いても30分かからないので、散歩を兼ねて行くのにちょうどいいところにあります。

 この水族館は江の島水族館とはいうものの江の島の島内にあるわけではありません。

 江の島へ渡る橋の根本のちょっと西側、大きなイタリアンレストランに並んで相模湾を一望する位置にあり、私のお気に入りのスポットです。

 相模湾は魚種の豊富さでは世界的な海なのだそうで、その相模湾の魚を飼育している大水槽は見ごたえがあります。

 ここの年間パスポートを持っているので時々行くのですが、よく考えると立ち止まって見る場所はいつも同じです。

 クラゲが多数飼育されている部屋とペンギンのコーナーは必ずゆっくりと見るのですが、その他のところには、その日の気分で立ち止まる程度で足早に通り過ぎてしまっているようです。

 イルカのショーは相変わらず人気ですが、見たことがありません。遠くのデッキから見かける程度です。

 クラゲは暗い部屋で水槽だけがライトアップされ、ゆったりと漂うその姿はリラクセーションには最適です。

 一方のペンギンは、一匹ごとに名前が付けられ、カラータグで見分けがつくようになっています。

 同じように見えるそれぞれのペンギンが、一匹ごとに性格も全く異なるのが可笑しいのですが、もっと可笑しいのが、背景に描かれた遠くの景色をずっと見つめて動かず、黄昏てしまっている奴がかならずいることです。

 大自然の中で暮らした昔を懐かしがっているのかどうかは分かりません。

 ペンギンのコーナーを通り過ぎてエスカレーターで2階に上がるとカフェがあり、生ビールも飲むことができます。

 私たちはいつもソフトクリームを買ってデッキに出ます。

 この広いデッキに出ると、すぐ左に江の島があり、右には富士山が見えます。

 冬の天気のいい日の夕方には江の島が夕陽に照らされて赤くなり、富士山が夕陽をバックにシルエットになるのが見える絶景のポイントです。

 このカフェの一角に、似顔絵を描いてくれるコーナーがあります。

 このところ、結婚記念日になると夫婦で出かけて行って並んで描いてもらうのが習慣になりつつありますが、描き手によって全く違う絵が出来てきます。

 それでもどれをとっても特徴がデフォルメされていて、面白くて仕方ありません。

 一度お試しになることをお薦めします。 

 江の島水族館のパスポートは2回分の入館料と同じ金額が設定されていますので、少なくとも四半期に一度行くのであればかなりお得です。

 私のお気に入りのウォーキングコースの途上にありますので、夏の暑い日などは散歩の途中で冷房の効いた館内に入って体を冷やし、ソフトクリームを食べるだけで出てくることもあります。

 よく考えると、凄まじい贅沢をしていることになるのかもしれません。年間4800円で買うことのできる贅沢です。