コーヒー

 

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 当ブログは「コーヒーで始まり、ドライマティーニで締めくくる心豊かな一日」というタイトルでお送りしています。

 したがって今回はコーヒーに関する蘊蓄を語っておきたいと思います。

 しばしお付き合いください。

 

 コーヒーに関しては、白井隆一郎氏著の『コーヒーが廻り、世界史が廻る』という本が中公新書から出されており、これに勝る書物はないものと思っておりますが、この本によると、コーヒーは紀元前の昔にすでにエチオピアで栽培が始まっていたようです。

 当初は飲み物ではなく食べ物だったそうです。

 歴史上初めて現在のような形でコーヒーを飲んだ人物は、アイダルスというイスラム教の僧侶だという伝説があるのだそうです。

 

 6世紀ころからコーヒーはアラビア半島に伝えられ、8世紀頃、メソポタミア地方にいたイスラム神秘主義教団のスーフィーと呼ばれる僧侶たちが、徹夜で行う瞑想の修行の際に眠気を払うために飲むようになり、それがスーフィーの移動と共にエジプトやバルカン諸国にも広まり、17世紀にはヨーロッパ諸国でも飲まれるようになったようです。

 

 コーヒーの持つ独特の程よい刺激は議論を活発にする作用があるらしく、コーヒーを飲むための場所があちらこちらに開かれるようになり、コーヒーハウスと呼ばれる場に人々が集まるようになっていきました。

 

 特にフランスではパリのコーヒーハウスが賑やかで、議論が活発に行われ、後にフランス革命につながるいろいろな話し合いがもたれたそうです。

 

 紅茶はアフタヌーンティーという優雅な文化を創り出しましたが、コーヒーはより政治的色彩の強い文化を創造したようです。

 ひょっとすると、そのうち、スターバックスコーヒー発の新しい社会変動が起きるかもしれません。

 というよりも、もう起きているのかもしれません。

 

 私はコーヒーなしに一日を送ることができないコーヒーフリークで、いろいろな所でいろいろなコーヒーを飲んできました。

 コーヒーと共に思い出す様々な想い出もあります。

 

 私は海上自衛隊で30年暮らしました。

 護衛艦に乗組んで張り切っていた若い頃、深夜、当直の航海指揮官として艦橋に立っていると、当直の乗員が「コーヒーいかがですか。」と言って紙コップに入ったコーヒーを持ってきてくれることがよくありました。

 昼間の慌ただしい訓練を終え、次の訓練海面に移動する束の間の時間、普段厳しい艦長も士官室に下りてコーヒーを楽しんでいる、ちょっとだけゆったりできる貴重な時間です。

 

 艦橋で勤務している当直員にコーヒーが配られると、それまでそれぞれの配置で黙って各自の仕事をしていた艦橋の当直員たちも和んでくるのがわかります。

 あまり息抜きされても困るのですが、深夜の当直勤務で居眠りをされるよりはいいので、見張りやレーダーの監視などをしっかりやっていれば、度を越さない限り黙認します。

 

 私自身はコーヒーを受け取ると、レーダーリピーターを覗き込み、付近に他の船がいないことを確認し、ハッチを開けてウィングに出て行きます。

 ウィングで当直している見張り員にもコーヒーを渡し、ウィングの一番前に出て思い切り風を吸い込みます。

 

 私はもともとヨット乗りなので、外気と遮断されている艦橋の中にいるのがあまり好きではなく、かなり寒い時でもウィングの吹きさらしにいるのが好きでした。

 小さなヨットではないので、あまり細かく気にする必要もないのですが、どうも両方の耳たぶで風を感じていないと不安なのです。

 ヨット乗りは両方の耳たぶで感じる風の息で風の変化を読みながら船を操る癖がついているからです。

 

 ウィングは視界が制限される艦橋内部と異なり、真上の星空もよく見えます。

 ヘッドセットについているマイクで艦内各所で配置に就いている当直員たちに、ウィングで航海指揮を執っていることを告げると、CIC(戦闘指揮所)の当直員あたりから、「いいなぁ。」などという声がかかってきます。

 「天の川がきれいだ。」とか「流れ星が凄い。」などと言ってさらにうらやましがらせておき、その後は見張り員と二人しかいないウィングでささやかなコーヒータイムが始まります。

 

 夏の水温の高い海域を走っている時なら、艦首が海を切り分けてできる引き波の表面を無数の夜光虫が光りながら滑り落ちていくのが見えることがあります。

 凍るような寒さの冬なら、大気中の水分が少ないので星がくっきりと見えます。

 艦橋にまでしぶきが上がってくるような天候の時は、紙コップの温かさがしみじみと伝わってきます。 

 

 


都会にいればプラネタリウムに行かなければ見ることができないような満天の星空を見上げながら、淹れてもらった熱いコーヒーを啜る数分間、深夜の当直員が眠気覚ましのコーヒーを楽しんでいる間だけウィングに出て見張りを行う、それが私の極上のコーヒータイムでした。