あの頃あこがれた映画のシーン

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 前々回がコーヒー、前回がドライマティーニについて語らせていただきました。

 今回のテーマは、映画で観た食べものや飲み物です。

 

 私は小さいころから映画が大好きでした。

 海上自衛官だった父が留守のことが多くて遊んでもらえず、代わりに母が私を映画によく連れていったのが影響しているのだと思います。

 

 父の転勤が多くて小学校を何度も転校させられたため、中学・高校は横浜にあった全寮制の学校に入ったのですが、当時は土曜日も午前中は授業があり、午後はクラブ活動が夕方まであったので、両親が遠方にいた私は帰省するのは長い休みの時だけで、通常の日曜日などは寮でゴロゴロしているか横浜や鎌倉あたりをウロウロするのが常でした。

 

 中高生のことですので、小遣いを潤沢に持っているはずもないのですが、当時はあちらこちらの街に名画座という映画館があり、300円で3本の映画を観ることができました。

 ロードショーではなく、古い映画ばかりだったのですが、金の無い中高生の私にとってはとてもありがたい映画館で、外出するたびにいろいろな名画座に出没したものでした。

 その結果、かなりの数の古い映画を観ることになりました。

 

 いろいろな映画に影響を受け、忘れられないシーンがたくさんあります。

 その中でも、ジャック・イブ・クストー海洋調査船カリプソ号で世界中の海を撮り、アカデミー賞記録映画部門に輝いた『沈黙の世界』は私のその後の人生を変えた映画でした。

 

 映画の話を始めると止まらなくなるので、ここでは映画の中の食べ物、飲み物の話に留めておきましょう。

 

 映画界には数々の名優がいますが、食べたり飲んだりするシーンで人を惹きつけてしまう名優はそう多くはありません。

 特に日本の俳優には少ないようです。日本では扇子一本で表現する落語家の方が優れています。

 

 食事のシーンでまず思い出すのは往年のフランスの名優ジャン・ギャバンです。

彼にステーキを食べさせたら右に出るものはいません。

 アゴをモゴモゴさせながらステーキを食べているシーンを観ると、つい帰りに食べて帰りたくなります。

 

 私は喫煙の習慣はありませんが、ハンフリー・ボガードが煙草を吸う姿にはため息が出そうになります。

 彼は「カサブランカ」、「アフリカの女王」、「ケイン号の叛乱」でそれぞれ全く異なるキャラクターを演じていますが、どの作品でもそのタバコの吸い方は見事です。

 

 ウィスキーを飲ませたらジョン・ウェインが圧巻です。

 カウボーイや騎兵隊員としてバーのスイングドアを荒々しく開けて入ってきて、バーボンをボトルごと出させて自分でショットグラスに注ぎ、一挙に呷る飲み方は他の追従を許すものではありません。

 

 コーヒーの飲み方では最近のドラマで忘れられないシーンを観ることができました。

 「NCIS」というアメリカの人気テレビ番組で日本でも現在すでに15シーズンが放映されているロングランのドラマがあります。

 海軍犯罪捜査局という実在の組織を舞台にしたドラマで、マーク・ハーモンの演ずるギブスという元海兵隊員の特別捜査官を中心とする犯罪捜査チームの活躍を描いています。

 

 このドラマの中で、コーヒーを手放したことがない主人公のギブス捜査官が、オフの時間に自宅の地下に作った工作場で、木造のヨットを造っているのですが、ある時、船の下に潜り込んで作業をしているうちに眠り込んでしまい、部下からの電話で目が覚めるシーンがありました。

 

 眠り込んでいたギブスは船の下の身動きもままならない狭い空間で横になったまま携帯電話で部下からの報告を聞くのですが、傍に飲み残しのコーヒーカップがあるのを見つけ、やはり傍においてあった電気ごてに目をつけ、電源スイッチを入れて熱くなったコテをカップに突っ込んで飲み残したコーヒーを温め直し、電話を聞きながら飲んだのです。

 

 どう考えても美味しくない沸かし直しの煮詰まったコーヒーのはずなのですが、いかにもコーヒー中毒の元海兵隊員らしい彼の飲み方だと思わず唸ったシーンでした。

 

 日本の映画などではあまり印象に残る飲食のシーンがないのが残念です。

 小津安二郎や山田洋二監督に代表される日本映画は、四畳半で小さな卓袱台を囲んで家族で食事をしているシーンがやたらに多いのですが、どれも美味そうには見えません。

 

 数少ない例外はテレビ番組の鬼平犯科帳で、中村吉右衛門扮する長谷川平蔵が鍋をつつきながら酒を飲んで相好を崩す場面でしょう。

 

 飲んだり食べたりするシーンで醸し出される雰囲気というのは、その人そのものが出てしまい、演技でどうかなるものではないのかもしれません。

 

 飲んだり食べたりする日常何回も繰り返す動作に人間性が現れてしまうということになると、日常の起居動作もうっかりしていられないなと思います。

 

 どこで誰が見ていて、どう評価されているか、よく考えると恐ろしいことです。